暖冬とはいえ
 




  ……実は実は、昨日にあたろう探偵社でのやり取り、
  没になった相変わらずの冗長シーンがあったのですよ。




 『…芥川くん? 雲隠れしようったって無駄だからね。』

昨夕、帰りかかった社の階段途中にて、
すぐ下の階の廊下の一角、
物陰でどこかと携帯で通話中の教育係さんの広い背中がちらりと見えて。
小声ながらも自分の虎耳では難なく拾えた、どこかへ通話中らしき太宰の声に、
え?と不穏さを感じたそのまま一気に脳内へ広がったのが、

  自身の想い人への微かな不安に他ならず

いつぞやに芥川から、照れてだろうやや視線を逸らしながらという格好で聞いたのが、
何も知らせてなんていないのに、毎夜必ず出先までのお迎えをやすやすこなす太宰だそうで。
そんな彼があんな言いようをしているなんて…それってもしかして?
あの芥川でも手を焼くような“お仕事”があって、それで何かしら負傷でもした禍狗さんなのかも知れぬ。
そんな大ごと、軍警にも市警にも連絡はないようだが、
どんな虐殺も荒事もスッキリ痕跡消してしまう、
それが無理なほどの事態でも最低限 誰の仕業か判らなくする部署まで持つ組織故、
一般のニュースでは広まってないだけ、
実はあの“羅生門”を盾にしても負傷したよな壮絶なことに関わっていたのかも?

 …ということは、もしかして
 中也さんも助っ人に呼ばれているのかも知れない?

そんなそんなどうしよう、顔を見たい、今すぐ逢いたい。
でも…だとしたって、自宅には帰ってないかもしれない。
任務に合わせて足場にしたり 身を隠すためのセーフハウスを幾つか持っている人だから、
しかもそういうお部屋には固定電話なんて設置してない、
しているところがあっても敦としては番号なんていちいち聞いてない。

 『…もしかしてボク、中也さんのことあんまり知らない?』

こんなに好きな人なのに、こんなに大事に思う人なのに。
なのに、いざってなるとどこにいるのか判らないなんてと、
携帯を握りしめて社屋前で固まっていたものだから。

 『…責任取って。』

外套越しでも焦燥ぶりがありあり判る、兄様のほっそりした背中を見やり、
あなたの策で振り回した結果ならというところを省略しつつ、
だがだが冷然とした声音でそれをしっかと伝えた鏡花ちゃんの叱咤に尻を蹴飛ばされ、

 『敦くん? どうかしたのかい?
  もしかして何か落っことしでもしたのかな?』

白々しくも声をかけ、
ああそういえば、どっかの小さい幹部殿、
車だけじゃあないバイクなんていう足回りまで持ってるから、
いつでも呼べるようにって、私仕様のGPSを携帯へすべり込ませてあるのだよ。

 『何処にいるんだろうね、呼び出して探し物を手伝わせようじゃないか。』

そうと言って操作された液晶画面に出た地図上、
セーフハウスとして覚えのあるマンションの区画が点滅しており。
ああ此処は内緒にされてない知ってるところだと、
ぱあっとほころんだお顔だけであっさり判った虎の子くんへ、

 そんな猫の鈴みたいなGPS、まさか敦にもつけてないでしょねと

この幼さで途轍もない慧眼のお嬢さんが じろりと見上げて来た眼差しに、
アハハ―と乾いた笑いようをしている、美貌の先輩様は置いといて。
小さな妹君が、ダッフルコート姿の白虎の兄様の手を取って家路を進み、

 『明日は丸々一日楽しんで。夕飯、賢治さんにコロッケを教わることになってる。』
 『え?賢治くん? 谷崎さんじゃなくて?』

意外な名前が出て来たのへ、自分の抱えた混乱とか微かな傷心も吹っ飛ばされたまま
えーえー? ホントに賢治くん?と
新たな混乱に翻弄されたそのまま眠ったものの、
何か忘れてるな~も有耶無耶にされたまま、さぁさ寝た寝たと早めに就寝となったため、
途轍もない早朝にぽかりと目が覚めた。
ありゃ?今何時だ? 携帯で確かめたらまだまだ早い。
未明と呼ばれる時間帯ほどじゃあないけど、新聞配達の人のバイクの音が聞こえたくらいで、
でも瞼を閉じてももう寝足りたのかすぐにも上がる。

 『早起きしちゃったので出かけます。おはようの挨拶出来ないでごめんね。』

 出来るだけこっそりご飯を炊いて、
 出来るだけこっそりお味噌汁作って。
 出来るだけこっそり書き置きして、
 出来るだけこっそりと外套着て、

 まだ早かったけれど出掛けることにした。

足元を虎の脚にして動き回ったから、物音は立ててないよね。
ドキドキしつつ支度して、
時々鏡花ちゃんの寝ている布団を肩越しに確認したけど、
全く動かなかったので、胸を押さえつつこそ~りと、支度して
ドアもノブをぎゅっと握ってかちゃりという音さえ立てないようにして
音なしの構えで閉めたほど。
そのまま出かけたその後で、
大きなすみれ色の双眸ぱちりと開いた鏡花ちゃんが
本当に小さく小さく微笑ったことさえ知らぬまま……。



     ~ Fine ~    19.01.16.

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 *またまた芥川くん、名前だけの登場になっちゃいましたね。
  向こうで沢山出てるからまあいっか。(おいおい)
  貧乏性なもんだから、
  推敲してぶった切ったはずの真ん中部分、
  中也さんの居る場所をどうやって割り出したか…まで、
  書きかけてたの、結局上げちゃいました。
  ウチの鏡花ちゃんは敦くんに関しては最強モンペです。
  太宰さんも多少その気はありますが、
  可愛さ余ってついつい揶揄えば、鏡花ちゃんからの鉄槌の照準が合わされてしまいます。